2025年、国交省「地域価値を高める不動産業 価値共創アワード」で大賞を受賞されたのが旧三福不動産です。神奈川県小田原市を拠点に不動産仲介、リノベーション、設計、監理、地域情報の発信などの取り組みが評価され、今回の受賞となりました。共同代表の山居さんに創業の経緯からビジネスモデル、地域との関わり、そして今後の展望までお聞きしました。
 

小田原に活気を取り戻すには。原点は「お祭り」と「飲み歩き」
神奈川県西部に位置し、人口約18万5000人が暮らす小田原市。日本の地方中核都市と同様、人口減少が進んでいますが、近年では移住者が増え、住みたいまちとして脚光を浴びています。この小田原のムーブメントを生み出しているのが、旧三福不動産です。
2014年、山居さんは共同代表の渡邊さんとともに旧三福不動産を創業しました。そこから約10年118軒の空き家を再生賃料1.5倍〜2倍に上昇という大きな変化をもたらしています。山居さんご自身は不動産業の出身ではありませんが、なぜ不動産業に注目したのでしょう。

「もともと、自分は東京都内で広告や制作会社事業を行っていました。とはいえ、いつもどこかに『地元・小田原』への思いがあって、小田原に戻ってきては『オダワラブ』という飲み会をして、地元の人とつながっていたんです」。
山居さんの原体験にあるのは、「地元の松原神社のお祭り」。幼い頃から大好きなお祭りも、年々寂れ、元気がなくなっている。東京で働くようになってからも、ずっとそれが気がかりで仕方がない。地元を盛り上げるにはどうすればいいのかーー。思い至ったのが「不動産業」でした。
「不動産サイト『東京R不動産』の成功を目の当たりにし、『不動産でおもしろいことができる』と感じていたんです。地域にいいお店を増やすことを目的にしたとき、不動産仲介はまず欠かせないだろう、と。でも家賃相場を考えたときに仲介料だけでは経営が難しい。そこで建築を組み合わせたビジネスモデルを思い描いたんです。リノベーションをすることで、仲介手数料に加えて、内装工事の収益を得ていく。この仕組みがいいだろうと思い至りました」。
不動産実務経験を持つ共同代表の渡邊さん、一級建築士の友人らをチームに加え、仲介から建築までを一気通貫で支える体制を整えたのは、こうした理由からでした。
 

小田原でできるのびやかな暮らし、豊かさを可視化、発信する
旧三福不動産の特徴のひとつに、宅建業+設計業に加えて、自社サイトやコンテンツを通じた「メディア」があります。ポータルサイトへの広告出稿に頼るのではなく、自分たちの言葉で地域の魅力や暮らしを伝える。山居さん自身が広告やブランディングの仕事に携わっていた経験を活かしたアイデアでした。
「不動産、建築スタッフの次に広報スタッフを採用しました。初期のころはポータルサイトに広告料を支払い、集客していましたが、月間何十万、年間に何百万もかかります。その点、自社サイトの構築であれば、広報スタッフの人件費で十分まかなえます。さらに地元を紹介した記事を作成していけば、自社のストックになる。ぐっと効率的だと思いました」(山居さん)。
情報発信時に留意したのが、「小田原ならではの空気感」です。
 

「ベンチマークにしているのは、『北欧、暮らしの道具店』です。単にモノを売るのではなく『そのモノがある暮らし』を見せて発信していますよね。それと同じように、物件ありきではなく、小田原というまちでどんな暮らしができるのか、どんな豊かな暮らしがおくれるのか。そんな情報発信を意識しています」(山居さん)


取材対象は飲み友達? 小田原ならではの人を深堀りする
また、小田原はその地域の特性から、「観光地」として取材される人・店が多いもの。そのため、取材対象・内容が二番煎じにならないよう、留意しています。
「有名なお店、定番のお店、話題のお店は何度も取り上げられ、取材しつくされています。同じ情報を発信しても意味がないので、大手メディアがリーチできない、地元の人々にフォーカスしています。実際は飲み友達だったりするんですが(笑)、彼らに出てもらい、小田原のリアルな日常と魅力を“可視化”することに注力しています」
自社サイトはリニューアルを繰り返し、現在4代目で、今は5年目に入ったところだそう。
「2020年4月頃にリニューアルして、今のかたちになりました。以前は古民家をメインに扱っていたため、レトロなデザインだったんですが、古民家だけにとどまらず、マンションや一戸建てを扱うこともある。そのため、今のデザインになっています」。


商工会議所と連携し事業者を発掘、育成する
仲介と設計、メディアに加え、「地元で起業する人を増やす」ため、商工会議所・金融機関と連携した創業支援にも積極的に取り組んできました。かつて商工会議所の会頭からビジネスマッチングをはじめようという依頼があったものの、「マッチングビジネスを小田原でやる意味がない」と感じ、代わりに創業支援事業を提案したそう。
「限られた予算のなかでも、知り合いの専門家を講師に迎えたセミナーや創業相談会を定期的に実施してきました。これきっかけに、毎年6〜7組が実際に創業してきました。創業支援そのものは直接的な売り上げにはつながらないものの、商工会議所との取り組みが信頼に結びつき、物件契約や融資の場面でプラスになっています」。
また、単に創業するだけでなく、地元の商店街に加入することを勧め、既存の事業者との関係構築にも尽力。その甲斐もあってか、新旧のお店同士がうまく融和し、まちの活気につながっているといいます。
「今まで、創業支援、物件仲介をして閉店や廃業した方はほとんどいません。個人の事情でやむなくお休みされた方がいたぐらいです。弊社にご相談いただく場合、まずお店が続けられそうな人に物件を紹介しています。逆に、お店が続けられなそうな人には、ご紹介は難しいと率直にお話しています」。こうしたストイックな姿勢があるからこそ、旧三福不動産が地域の信頼を得ているのでしょう。
「いいお店って、自社が繁盛しているだけでなく、周囲のお店や地域の行事や文化にも理解があるお店だと思うんです。そういうことに理解がない方だと、お店は続けられないのではないでしょうか」。


地価上昇。持続可能なにぎわいを小田原にもたらすために
旧三福不動産の取り組みもあって、小田原の地価・家賃も上昇、塩漬けになっていた不動産も取引されるようになっているそう。そのため、今、山居さんが留意しているのが「家賃をコントロールすること」。
「不動産では、コワーキングスペースの運営や空き家活用、家賃の適正化といった取り組みも行っています。家賃が高騰すると、継続困難な店舗が増えてしまいますし、必要であれば自社で物件を取得し、経済的に持続可能な環境を整えていきたいですね」。


特別じゃない。「ありあわせ」で感じのよいお店をつくる
ちなみに、旧三福不動産という屋号は、町中華の店舗「三福」の跡地にできた不動産屋だから。できるだけ気取らず、誰にでもわかりやすく、親しみやすいものを目指してつけたそうです。
「弊社では建築家の作品をつくっているわけではなく、あくまでも、お店をひらく人の依頼や予算、イメージをあわせてつくっていく。冷蔵庫にあるあり合わせの材料で、いかにおいしい料理を作るか——そんなマインドでやっています」。
 

店舗のデザインもとがりすぎず、無難すぎず。味わいがあって居心地のよいの雰囲気を醸し出しています。この絶妙な空気感を気に入り、お店を開業した人が、さらに旧三福不動産を紹介してくれたり。Instagramで旧三福不動産の店舗をまとめて紹介してくれることもあるそう。理想的な循環ですね。
 

最後に今後の展望について聞きました。
「ひとつは支店を出したいと思っています。たとえば茅ヶ崎や秦野、沼津など人口集積があり、ポテンシャルのある地域に支店を出し、このまちづくりの手法に再現性があるのか検証したいですね。もうひとつは資金調達の方法を多様化したい。ありがたいことに、物件を購入して、活用してほしいといわれることも増えたのですが、やはり資金調達が課題になる。実は小規模不特の免許を取ろうと思いましたが、手間がかかるので、『ハロー! RENOVATION』を活用するほうがいいだろうな、と思っています」。


とはいえ、山居さんがもっとも大切にしているのが1件1件の積み重ね。支店を出すことも、資金調達も、仕事の積み重ねの先にあるもの。それが基本姿勢です。
 

山居さんと旧三福不動産の取り組みは、不動産仲介を軸に建築、メディア、創業希望者の募集と育成と実にスタンダードなものばかり。特別でもなければ奇抜でもありません。普段づかいできて、ちょっとセンスが良く、居心地がいい。地方のまちづくりを志す多くの不動産事業者にとって、ひとつの道しるべになるのではないでしょうか。